東海豪雨

3.東海豪雨(38歳女性)
私の逢った災害は東海豪雨です。 2000年の9月11日の夕方頃から12日まで、名古屋市を中心にすさまじい大雨が降り、場所によっては家が沈んだり冠水する被害も起きました。家に居られなくなった方も多かったようです。 自分自身はその時、名古屋駅近くのビジネスホテルで働いていて、さらに勤務時間中でした。 外の道路があっという間に川のようになる光景はとても怖かったです。
途中から雨水がホテルの事務所に流れ込んでくるようになり、男性社員が土嚢で防いでいたことを覚えています。

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勤務先がビジネスホテルだったことから、宿泊のキャンセルや急な宿泊のお申し込みのお電話、ドライヤーが借りたいなどというお客様の内線が殺到して、フロントは完全にパンクしている状態でした。
それでも少ないスタッフで必死になって対応させて頂きましたが、本当に何も考えられない程忙しく、9時までの勤務でしたが深夜まで手伝いました。翌日も勤務だったため、心身の疲労はかなりのものでした。
一番困ったことは、電車通勤をしていたのに線路が一部沈んで電車が動かなくなり、家に帰れなくなったことです。帰れないから、と空いている部屋に寝かせてもらいましたが、翌日もなかなか電車の運転再開の目途が立たず、いつ家に帰れるのか不安でした。また、固定電話は使う被災者のかたの多さから全くつながらず、携帯の充電も切れてしまい家族と連絡がとれないうえに、自宅周辺がどうなっているかもわからず本当に心配でした。
翌日の勤務の終わった夜、いちかばちか駅に行ってみたら、ダイヤはかなり乱れていましたが電車が動くようになり、無事に家に帰れました。 2000年の当時はスマホではなくガラケーの時代で、アプリも豊富ではなかったと記憶しています。 そのため、これが特に役に立ったというアプリなどは特にありませんでした。充電が切れたので、コンビニで買った充電器が役に立った位です。
使わせてもらった空き部屋からチェックアウトして名古屋駅に行ってみましたが、大勢のかたが疲れ切った表情で座り込んだり寝ていたりして、寝るところのあった自分は恵まれていたと思います。年配の方もいらっしゃったのは気の毒に感じました。携帯などを持っていない場合は家族に連絡のしようがありませんので、おそらく駅で休んでいたのでしょう。

傘も役に立たない程の凄まじい勢いの雨でしたから、できれば小さくたためるカッパ、吸水性の強いタオル、カイロなどを持ち歩くと良いかもしれないと、今になって思います。 水害の場合は、ドライヤーがあると役に立つと思いますが持ち歩くのは難しいので、避難することになったら持っていくと良いのではないでしょうか。 あまり持ち歩くとかさばるので、小さめの物がよさそうです。 住んでいる地域柄「いつ大きな地震がきてもおかしくない」との、災害に対する意識は物心ついた頃から自分を含めた周囲の皆、常に意識しています。
我が家は家業をしていますが、工場で建物が鉄筋のため、木造の自宅よりは崩れる可能性は低そうなので、皆がバラバラに行動している場合は、ひとまず会社に集まり避難場所にすることに決めています。 連絡に関しては、両親が高齢なこともあってスマホがほとんど操作できないため、頭の痛い所です。両親は通話機能しか使えないので、それ以外でも連絡ができるようなアプリを共有して、皆で使用できるよう教えることも考えています。さらに元々近所付き合いが密な田舎なので、今後も近所の皆で協力できるよう情報交換ができたらと、積極的に声かけや立ち話に参加しています。 顔を合わせていることにより、もしもの場合でも助け合うことができます。子供の顔も覚えていれば困った時に手を貸してあげられるので、日頃の挨拶も大事だと思います。

 

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