東日本大震災(29歳男性)の体験談

2. 東日本大震災(29歳男性)

私が経験した災害は、2011年3月11日2時46分に発生した東日本大震災です。当時私は仙台市内の自宅に一人でいました。突然強い地震に見舞われた時は、外に避難しようにも揺れが大きく身動きが取れない状態。廊下にうずくまるだけで精一杯でした。

宮城県は地震が多い地域で、それまでに震度5レベルの地震を何度か経験したことがありましたが、東日本大震災の揺れは、家がいつ潰れてもおかしくないほどの強い揺れで、本当に怖かったです。

また、その後の生活も津波に遭った地域ほどではありませんが、ライフラインの復旧や家の修復など通常の生活が送れるまでにかなりの時間を要し、心身ともに大変な時期を過ごした記憶があります。

困ったことは沢山ありますが、まず一番困ったのは、情報を得るためのものが全て奪われてしまったことです。

東日本大震災

地震は収まったものの、携帯は散乱した物により下敷きになって取れない。当然、停電状態でテレビも見られない。一体どこで何が起きているのか?ということがわからず不安で心細い思いをした覚えがあります。

そんな時、唯一得られた情報が、外に止まっていた車から流れてくる大音量のラジオの音でした。聞こえてきた内容が、関東の石油コンビナートで火災が起きているというもの。その車はすぐにどこかに行ってしまったので、当時の私はもしかしてこの地震の震源って関東の方なの?と思うくらい情報がわずかでした。

その後、父が車で帰宅し、地震の概要をだいたい知ることが出来ました。携帯やテレビ、パソコンなどの情報源が遮断されてしまったとき、どこから情報を得るのか。近所の人とコミュニティーを作っておくとか、電源を必要としないラジオの備えの必要性やら、当時は色々身をもって実感することとなりました。

わが家で準備していた防災グッズは、たたみ一畳ほどの頑丈なポリピロプレンでできた箱型のケースに入ったものです。中には食料や水はもちろん、水のいらないシャンプー、簡易毛布、電池などが詰まっています。この防災グッズの一番いいところはケースが頑丈であるということです。地震で倒れた家具や物などで潰れたりすることもなくケースを開けてすぐ使うことができたので本当に助かりました。

あと地味に活躍したのが、防災グッズではありませんが、お風呂掃除用のプラスチックのブーツでした。地震後の家の中はガラスの破片や溢れた水、冷蔵庫から飛び出してきた卵など、ありとあらゆるものが散乱していました。素足や靴下一枚で歩くのは大変困難な状況でしたが、家の中で外の靴を履くのなんか嫌だなぁと思った時に、このバスブーツが大活躍しました。脱いだり履いたりも簡単で、汚れも洗い流すことができたので、片づけの際は本当に便利でした。

祖父母と連絡が取れたのはその日の晩でしたが、水が出なくなってしまい、常備していたペットボトルの水とお風呂に貯めてあった水で数日間をしのいだようです。トイレの水を流す際にお風呂の水を汲んで流せたのは良かったと言っていました。
食料は冷凍庫にあったごはんの残りや、常備していたラーメンを利用したようです。

うちの家族はいまだに私以外はガラケーなので、ラインなどが利用できません。地震の際の安否確認は、電話回線はパンクして使えないということがわかっているので、メールでしようということになっています。

更に家族で確認していることは、地震など大災害に遭った時は家族の安否が気になっても、まずは自分の命を第一優先で行動しようということです。 また、指定避難所である近所の小学校はあまりあてにしていません。というのも、東日本大震災の際、指定の避難所は近くのショッピングセンターに来ていたお客さんが押し寄せ、人で溢れパンク状態になり、とても避難できるような状態でなくなっていたのを知っているからです。どんな状況であろうとも、第一集合所は「自分の家」と家族で決めています。

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